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カラタケ日記

派遣社員から契約社員になって9年経過。思いついたことを書いてます。

ブルーハーツそして尾崎 豊

カラオケでブルーハーツを歌って以来、YouTubeで繰り返し聞いている。それともう一人、メッセージ性を持った同時代の歌い手として思い浮かぶのが尾崎豊だ。

尾崎豊の歌を20数年前にはじめて聞いた時、「すごい」と思うと同時に「大丈夫か」と思った。亡くなって10年以上経過して、こんな言い方をするのも後出しジャンケンみたいで気が引けるが、当時、破滅に向かっていると感じた。

あれほど自身を剥きだしにした歌を作っていると行き着くところまでいくしかなくなる、と思えた。どこかで方向転換するか、一度死なない程度にクラッシュするしかない。だけどそのまま逝ってしまった。

尾崎豊は改心しない「因幡の白ウサギ」だと思った。適切な例えではないが、皮を剥がれて塩をすり込まれても歌うことをやめず、さらに自身を傷つけながら歌を作っていた。だが、背筋が寒くなるほど強烈なメッセージを持っていた初期の歌に比べ、後期の歌からは以前ほどのオーラは感じない。

尾崎豊が亡くなった原因として、「尾崎豊」の看板を一人で背負ってしまったからだと推測する。デビュー当時のバンド編制については理解していないが、You Tubeで見ている範囲では当初からプロのバックバンドが付いている。

音楽性については新たな試みはみられない。それらはプロに任せ、尾崎豊は尾崎豊であることを自身に課した。周りもそれを期待した。だがそれは、常に極度の緊張感に晒されることだ。「卒業」「15の夜」「17歳の地図」「I Love You」、どれも聞いていて鳥肌がたつ。

しかしどんなに天才であってもそうした歌を作り続けることは不可能だ。過去のアーティストが証明している。別の力を借りようとする。尾崎豊は覚醒剤だった。

吉田拓郎、井上陽水、松任谷由実らは先駆者として自らがスタンダードになりうる環境にあった。社会派的なメッセージもそれまでになかった新しい分野として容認された。

彼ら団塊の世代(一部下の世代)が果たした新たな若者文化の創造に比べると、尾崎豊個人が要したエネルギー量は比較にならないともいえるが、60年代のそれは変動の時代にあった事実が大きく作用していることは明らかだ。それに比べ尾崎豊は孤立していた。

破壊者のイメージを背負わされた尾崎豊は、平穏な秩序ある社会において警戒された。支持した周りも尾崎豊であり続けることを要求した。尾崎豊は誰からも遠いところに一人でいたことになる。

初期の歌を超えることができなかった尾崎豊は葛藤していた、と何かの本で読んだ記憶がある。あんなすごい歌を10代に作ってしまうと、後がたいへんだろう。結果、自らを追い込み、非日常を体現してしまう。破滅に向かって。

それに比べブルーハーツは、バンドとして音楽性とともにメッセージを持っていた。リンダリンダは甲本ヒロトの歌ではなく、ブルーハーツというバンドの歌として記憶されている。ハイアンドロー、クロマニヨンズでは歌われないとも聞く。

ブルーハーツは解散してそこで一度完結している。そして今でも我々の要求に応えている。我々はリンダリンダを歌うことでメッセージを発信できる。溜まっているエネルギーを発散できる。

現在のクロマニヨンズのメンバーが、膨大なエネルギーを消耗するそうしたファンの要求にいちいち応える必要はないのだ。したがって、メンバーは大好きなロックバンドを楽しむことができる、と私は考えるのだが、どうだろうか。

それぞれに熱心なファンがいるだけに気に障ったらごめんなさい。優れた二つの才能をここのところ集中的に見て聞いて、そして過去に思ったことを書いた。


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