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カラタケ日記

派遣社員から契約社員になって9年経過。思いついたことを書いてます。

さよならおじいちゃん

義父が亡くなった。医者が「あと一週間ぐらいでしょう」と告げてから数えて6日目だった。1カ月ほど前に軽い脳梗塞をおこし右手の動きと言葉があやしくなっていた。

なので、イライラが募って義母に当たり散らしたりしていたがここ数日は薬のせいで眠っている時間が長かった。腹部の痛みが強いらしく、触っただけでも顔をしかめていた。医者からはより強い薬を処方されていて、使用は家族の意思に委ねられていた。

しかし義母はより強い薬を使わせなかった。何故なら、自分が介護していることを分からせたいとの理由からだ。義父の意識がない状態で世話をするのは我慢ならなかったらしい。

亡くなる3日前までははっきりしない言葉と動作ながら意思の疎通はとれていたが2日目頃からは手の動きがとまり言葉も発しなくなった。呼びかけたら目で反応していたため五十音表を作ってこちらから指で示して意思を確認したりした。

亡くなる2日前には強めの薬を口に含ませたようだ。その後は思ったほど苦しみの表情をみせることもなく、義母、義姉夫婦とその子供、私と女房の6人に見守られながら息を引き取った。

呼吸が止まった瞬間、義姉が「さよならおじいちゃん」と声をかけたら、眉間に皺を寄せて再び呼吸を始めたのでみんなで大笑いをしてしまった。まだ死んでないよーって怒ってるよ。おじいちゃんらしいね、冗談好きだからね、とそれぞれが言葉にした。

それから間もなくして今度は本当に呼吸を止めた。その時、私は天井付近を見てみたがおじいちゃんはいなかった。手術を拒否し余命宣告を受け入れ、危篤時の点滴も拒んでいた義父。見事な亡くなりかただった。

これまで私の周りでは両親を含め何人かが亡くなっているが、病気(癌)で余命宣告されたケースはなかった。誰もが治ることを信じて治療を受けていた。

今回の義父のケースはとても考えさせられた。手術(治療)を拒んで、自然な死を選択したことについて当初、痛みに耐えられないための子供じみた逃げの選択だと決めつけていた。

だけど義父は自身で判断し段取りを付けてきれいさっぱり死んでいった。

さよならお義父さん、感服しました。






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