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カラタケ日記

派遣社員から契約社員になって9年経過。思いついたことを書いてます。

こんなに働いている

物流倉庫に入っている派遣業者を絞り込むことで、当該社にスケールメリットを持たせて経費削減につなげるために9月末で1社が撤退する。過去にも5社から3社に減らした。

売り上げ状態に応じたシビアな引き締め策が実行されていく。その結果、派遣業者の正社員を含めた作業員1人あたりの仕事量が増している。

作業員の残業が確実に増えているのだ。体調不良を訴えるものもいる。人を減らし、安い安全靴を配ったことから「ケチ」だと不満が口をついてでる。

個人の労働力を絞り出すことで、企業という組織を支える仕組みが、多くの派遣作業員が働くここでも当然のように実行されている。

大手倉庫社員の作業員に対する態度は丁寧で紳士的だ。彼らも企業の一社員でしかない。本社の意向に沿った経営を実践しているだけだろう。

末端の現場は、改善はされていない。相変わらず、派遣は搾取されている。大企業が経費節減を実行するための道具として派遣作業員を利用している実態がここにある。

傘下の派遣業者に少し多くの分け前を与え、派遣作業員には長時間労働を強いるのだ。私がいるこの現場がそうだ。

派遣作業員は、声を上げるべきだと思う。こんなに働いていると。時給1000円だと。



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やっぱりか

作業員が、倉庫内の商品を持ち出さないように、抑止目的で設置されているのが私が担当している金属探知機の現場だ。

建設されて2年未満の倉庫。事業開始直後は、最大で1日400人の派遣作業員が出入りしていた。実際に、服の下に商品を隠して持ちだそうとした作業員がいて、責任者のSさんが金属探知機で発見した。

警察ざたにはしなかったらしいが、その作業員が所属していた派遣会社自体が出入り禁止となった。また、トイレ内に商品を隠していたのを、Aさんが発見したこともあるらしい。

後で持ち出す計画だったようだ。それは、倉庫会社の判断で犯人捜査はせずに商品を回収しただけですませた。そうした例をみると、金属探知機の抑止効果は実証されたことになる。

だが、メンバーが固定され、3分の1にまで減った現在では、盗難の報告はない。それよりも、誤出荷や入出荷の際の事故による商品損傷が課題となっているようだ。

盗難については、上階のピッキング作業場よりも、部外者が関わる1階からの出荷時に発生しているケースが目立つらしい。運送業者の出庫時のチェックまでは、徹底されてないためだ。

箱単位で持っていかれるようなので、派遣作業員の仕業より被害金額が大きいという。


当初、9月末までの使用が予定されていた金属探知機は、10月1日から電子錠設置のための工事にかかるため10月5日までに延びた。

撤去の理由は経費節減だ。物流倉庫の警備は大手警備会社が請け負っている。金探は、私が所属している警備会社が、大手警備会社の下請けとして入っている現場だ。

倉庫会社が、大手警備会社に経費削減を持ちかけた結果、金探の撤去が提案されたらしい。当初、我々には年内くらいまでの話が伝わってきた。

前段階としての話がある。派遣会社の1社が、9月末撤退のうわさが流れていて、事実であることが確認された。その後に、金探撤去の話が出た。唐突だった。

派遣業者を絞り込むことで、当該社にスケールメリットを持たせて経費削減につなげるためだ。過去にも5社から3社に減らした。

売り上げ状態に応じたシビアな引き締め策が実行されていく。その結果、正社員を含めた作業員1人あたりの仕事量が増している。




ところで、私の次の仕事だ。今朝、交替のSさんが、取締役と2人の現場責任者の計3人がそれぞれ勝手なことを言っていて、連絡がとれていない、とぼやいた。

そんな人たちを相手にしてもらちがあかないので、やっぱり、次の仕事を自力で探すことにしよう、と決心を深めたところだ。

やっぱりだけど。

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そーなの?T取締役

「病院の警備があるけどな。前に研修、受けたことあるよね」、とT取締役。

「ええ、ありますね。だけど、ちょっと、ありまして、今のところに回してもらったんですけど」と私。

「そこはどう。警備員を増員しないといけないんだけど」

「ええー、うーん(先週、今月いっぱいで辞めさせてくださいって言ったの覚えてないのかな)。じ

ゃあ、ちょっと、また電話させてもらいます」と言って電話を切った私。

(先週、辞めさせてもらいたいと話したことを言うべきだったな…オレ)少し反省



一度、辞めさせてもらいますと言ったしな。かといって、他にあてがあるわけでもないしなー。

どうして、そうなるのかな、T取締役。揺れるな。まーそうはいっても、ほかに事情もあるしな。それに

、今日の現任教育は受けないってことで連絡したし。年に1回は、現任教育を受けないと警備の仕事

を続けられないでしょ、ね、T取締役。

それに、金探の撤去は10月5日まで延びたから、現場責任者のSさんが辛島さんやれるならやって

、って言うから、いいですよと返事したら、あなたの部下がオレは今月いっぱいで辞めるから、勤務は

できない、ってSさんに言ったんじゃないのかな。

ねーT取締役。


つづく




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セレブを探知?

昨日は、朝からの24時間勤務。

作業員が出るとき、金探がやたらとピーピーピーとなる。

何故 Why? 足下を見ると、全員のが真新しい。金属入りの作業靴が配られたらしい。

なんで、今ごろ Why?

金探は、後1週間で撤去されるのに。その後に配ればいいじゃないか、と思いつつチェック作業に専念する。

祭日で出勤者の数は少なかったけれど、それでも金探前は行列。平日はたいへんだ。

ちなみに、正社員の作業靴は価格が高めの硬質プラスチック入りのため、金探にはひっかからない。



当然だが、金探は、性格の善し悪しには反応しないし、セレブにも反応しない。

そんなのがあったら、「本当はいい人なんですね。ムリしないように」とか、「何を企んでるんですか」

とか、「見栄はってもしょうがないですよ」とかで忙しいのか。

私は通りたくないけど。




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タバコのすすめられ方について

165人対31人。倉庫内で働く作業員の男女の数だ。率にすると5.3対1となる。
そのうち、派遣業者の正社員は男25人、女4人。

男140人、女27人の計167人が、派遣作業員またはアルバイトだ。1人1人に確認したわけではないので正確な数字ではないが、大幅には外れていないと思う。

ところで、タバコだ。見ている限りでは、男女とも喫煙率が高い。正社員を含めた男性作業員の約7割、女性作業員約4割が喫煙者だ。

どうして分かるかというと、タバコや菓子類を包む銀紙にも、金探が反応して発報するため、ポケットから出して、携帯などと一緒に直前のテーブルの上に置いてもらう。だから、目視で喫煙者がどうか確認できるのだ。低く見積もっても男6割、女3割以上が喫煙者だ。

厚生労働省国民健康栄養調査の成人喫煙率によると、 平成18年の調査では、日本人の喫煙率は23.8%で、年々減少してきている。

男性の喫煙率は39.9%で、30歳代がもっとも高く53.3%だ。この現場の男性作業員の主力が30歳代であることを考慮すると、作業員の6割が喫煙者であることは驚く数字ではないかもしれない。

一方、女性の喫煙率は10%で、20歳代が17.9%、30歳代が16.4%と若年層で高い値を示しているらしい。これをみると、この現場の喫煙率約3割は、高い数字だといえよう。

いくつかの日雇い派遣の現場を体験したが、同調査の数字より、喫煙率が高い印象を持っている

喫煙率は、ホワイトカラーよりブルーカラー、高所得者層より低所得者層、高学歴層より低学歴層が高い傾向にあると世界的に示されているという。

タバコの害が健康に及ぼす影響はくどい位にアナウンスされている。なので、最終的には各個人の考え方とも結論付けられよう。

また、健康管理に対する職場ごとの取り組みの差もあろう。派遣作業員でも健康診断は受けられる。この現場でも定期検診を行っている。

健康管理に対する意識が高い職場であれば、雇用形態(正社員、アルバイト・契約・派遣社員など)に関わらず、健康診断を受けることができる。積極的に実施することで、社員の健康が保たれ、結果的に生産性の維持・向上につながるだろう。健保組合を持つ大手企業であれば医療費負担の軽減につながる。

ただ、日雇いの場合は対象外となる。私が以前、日雇い派遣の作業員として働いていた製造工場では、検診を受けることができなかった。長期契約の派遣社員は受けていたので、日雇い派遣の場合、自身で健康管理するしかない。

ところが、その日暮らしの日雇い派遣は、国民健康保険に加盟していないケースも少なくない。日雇い派遣の関心は生きることにあり、健康ではない。その日を生きることが当面の目標となる。国民健康保険費を負担する余裕などない。そうした意味で健康とは、余裕のある生活者の関心事ともいえる。



私はここ1カ月くらいタバコを吸っていない。基本的には自分でタバコを買わない。吸うときは、もっぱら、もらいタバコだ。

以前3年ぐらい禁煙していた。なければないで、我慢できる。時々、吸いたくなるが、そのうち忘れてしまう。いつでもやめられると思っているから、禁煙宣言はしていない。

タバコを買ってしまうと、ひどく後悔する。だから、買わない。しかし、人が吸っているのをみると、とても吸いたくなる。

かといって、自分から、1本くださいとは言い出しづらい。毎回、同じメンバーだとなおさらだ。だから、いつも、相手のひと言に期待している。「どう」と言ってタバコを1本差し出してくれる行為とともに。

私は弱い人間です。タバコを吸ってる方、私がそばを通ったら、「どう」と言って1本差し出してみてください。

その際、私が「イヤー」と言っても、すぐに引っ込めるのだけはやめてもらえませか。できるだけ、根気強く勧めてみてください。2回目くらいに「そうですか」と言って、いただきますので。


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さよなら

私は観ていないが、遺体を棺に納める“納棺師”を扱った「おくりびと」という映画が好評だとか。

それを聞いて、湯灌(ゆかん)を思い出した。湯灌とは遺体をお湯で清めることだ。

5月に亡くなった父を、湯灌した。叔父から勧められてのことだ。

料金はプラス5万円だ。勧められた時は正直、ちゅうちょした。

派遣やアルバイトで食いつないでいる私にとっては、大きな負担だ。

父は、眠るように、やすらかな顔で亡くなっていた。湯灌なんかいらないのにと思った。

たっぷり1時間をかけて湯灌を終えた父は、顔にほんのり赤みがさし、穏やかな顔をしていた。

” 5万円だけど、どう ”

口元がゆるんでいて、笑っているように見えた。

さよなら、と声をかけた。



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金○探知機

大きいとなるんですか
金○判定機ではありません。金属探知機です。


石川県出身者が分かるんですか。
金沢探知機ではありません。


遠山の…金さん探知機ではありません。
それと、欽ちゃん探知機でもありません。


かつてのバッファローズファンが分かるんですか。
近鉄探知機ではありません。



夜中の2時過ぎ、誰も来ない金属探知機の前に、ただ、ぼーと座っていると、そんなことを考える。


キンカン塗ってる人が分かるんですか。
それは、臭いで分かります。



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トイレでタバコを吸ってはいけません

ある日、倉庫内のトイレにタバコの灰が落ちているのを、清掃員が見つけた。

当然、問題になった。さっそく翌日、火事の原因になるのでそのような行為は止めるよう、倉庫内の要所要所に張り紙が出された。

それでも、タバコの持ち込みは制限されていなかった。ところが数日後、犯人が見つかった。男の作業員がトイレでタバコを吸っていたのだ。即刻、解雇となった。

ごく普通の30代の男だった。金探を通る時、いつもポケットに入っている私物を出さずに、そのまま通過して、金探を発報させていた。再検査には自然に応じていた。

なげやりといえば、そうだった。

想像していた人物とは違った。意外だった。


なんだか、少し力が抜けた。


タバコの持ち込みは禁止となった。



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最終決断す

私 「今日はいらっしゃいますか」。

取締役 「いるけど」。

私 「それじゃ、おじゃましてもいいですか。次の仕事の件なんですけど」。

取締役 「いいけど。他の2人と一緒に相談しようと考えてたんだけど」。


オイオイ、ほかの人たちは次の仕事は決まっていて、残るは私1人なので、その件で相談するなら、早い方がいいって言うから、勤務明けの疲れた身体に鞭打って、本社に行こうと努力しているんだけど。話が違うんじゃないの。

だいたい、11日の昼間、「夜勤明けの12日に行きたい」旨を現場に来てたあなたの部下に伝えたら、あなたの部下がその場であなたに電話して、在社を確認してたでしょう。

ところが12日、現場から会社に車で向かってる途中、電話してきて、急用で外に出ることになったから来週にしてくれって、あなたの直属の部下が言ってきたんじゃないのかな。こっちは、会社まで後5分の所にいたのに。

それでも、ごく普通に、分かりました。週明けに行きますって、冷静に大人の対応したけどな、オレ。

だから、今日、当務明けに、こうして電話して、確認を取ってるんですけど。これから行きます、と…。

…気が付くと、私、「交通誘導は、あまり気が進みませんし、他のみなさんにもご迷惑をかけますので、今月いっぱいで、退職ということで、お願いします」と力強く話ていた。

この電話が最終決断をぶっ放す引き金となってしまった。

まぁ、いいか。今月いっぱいで辞めるつもりだったし。

だいたい、希望してた施設警備の空きも他に無いようだし。勤務中の人を移動させるっていう話もしてたけど、それも気が引けるし。交通誘導はやりたくないし。

ということで、次のしごと、しごと…。

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謎の中国人

作業員は、休憩を含め、入退出の際は必ず記録を残さなければならない。個別に与えられた磁気カードを、出入口に置いてある読みとり装置にかざして出入りするのだ。

だが、中には、記録させずに出入りするのも、いる。忘れるのではなく、確信犯だ。

押さない(かざさない)理由として考えられるのは、休憩時間などのごまかしだ。休憩を取らずに働いたことにして、その分の賃金をいただこう、という魂胆だろう。

しかし、各グループで個人の休憩取得状況は管理されているので、仮に、磁気カードを押さなくても賃金計算に誤差はないはずだ。トイレに行って、すぐ帰ってくるような場合は、押さないケースも多い。

そうした「ちょっとだけ」組ではなく、出入りの時、忘れたふりをして、押さないのが1人いた。中国人だ。仮にkさんとする。

kさんは、したたかだった。目の前を通る際、「押してないよ」と声をかけると、「忘れてた」と言って、とって返して、押しに行く。退出の際も同じだ。

記録させずに、どうして勤怠管理を行うのかというと、後日、自己申告するのだ。確認したわけではないので、推測でしかないが、出勤や残業、休憩時間をごまかして申告するなどがあろう。

何回かそういうことがあっても、性懲りもなく同じことを繰り返し、押さない。「頭が悪いから忘れてしまう」などと言い出す始末だ。

本当にそうなのかと思ったりもしたが、ある日、やっぱり押さずに入ろうとしたので、言ってみた。
「あの上を見て、出入りする人はみんな、ビデオに記録されているよ」。私は、5メートル上空に設置してある、ビデオカメラを指さした。

すると、「ああ、そうなの、だったら(押すのを)忘れても大丈夫」。kさんは、笑顔で答えた。

あれから、約1カ月経つが、あの日からkさんは必ず押すようになった。当然であるかのように、キビキビとした動作で率先して押していく。どうやら、頭が悪いわけではないらしい。

私は、中国の人たちに対して偏見はない、と自身で思う。作業員の中には、他にも中国人が数人いる。日本人と変わらない働きぶりだ。日本人よりも、真面目に働く中国人もいる。

しかし、kさんは大陸的だ。その図太さが、倉庫内では、浮いている印象を受ける。


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(でも、腐ってはいないですよ)

「どうして、そこにモップが置いてあるの」。見かけない幹部社員が入室する際、私が待機している場所の後方を指さして言った。

  「どうしてですかね。以前からありますが」。私も気になっていたが、他の隊員に確認するのを忘れていた。

「気にならない?」

  「気になりますね」

そばに、ホウキとチリトリもあった。

「倉庫内のあっちこっちにあるんだよね。そんなのが」あきれるように言った。

  「はぁー、そうなんですか」

その場はそれですんだ。



しばらくして入ってきた現場のリーダーに尋ねた。

そしたら、大雨の時、開けていたドアから倉庫内に振り込んで、拭くために持ってきたのをそのまま置いてあることが分かった。


幹部社員が退出する際、リーダーから聞いた内容を報告した。

すると、「置きっぱなしにしてるんだ。元に戻そうとは思わないんだ」

   「はぁー」

「誰が言ったの。フロアの管理責任者?」

  「作業員です」

「名前は分かる」、目を大きく見開いた。

  「分かりません(本当は知っているけど)」

「腐ってるね」

  「うーん」

「使ったら、元に戻して、要るときにまた持ってきて使えばいいじゃない、ね」

  「そうですね(でも、腐ってはいないですよ)」

「管理マニュアルの基本…」とかなんとか言ったが聞き取れなかった。

  「うーん(でも、腐ってはいないですよ)」とあいまいに返した。

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ウンコでよかった

当務(24時間勤務)明けで、今朝、帰ってきた。仮眠が4時間(実質3時間)とれるが、やっぱり眠い。

昨日の朝、車で通勤する途中、アメリカの9・11テロから7年が経過した、とラジオが伝えていた。
そしたら、なんとか研究所員が、国内にもテロリストがすでに潜入していて、アジア系の単純作業従事者の中にいる、と言う。

続けて、貧困、格差・階級社会をキーワードに掲げ、それによって生じる階層間の軋轢が、下級に属する彼と彼女らを、犯罪者もしくはテロリスト予備軍へと仕立て上げる、みたいなことを話した。

そうした意味では、秋葉原連続殺傷事件の加藤容疑者はテロリストだとも。

なるほど、加藤容疑者は貧乏な派遣だった。貧相だし典型的でもある。


派遣に関する、ある事件を思い出した。

多数の派遣作業員がいる今の職場で、3ヵ月ぐらい前だ。

今も、犯人は分からない。場所はトイレ。

そう、ウンコの話だ。

その日、物流倉庫内にいた誰かが、フタ付き洋式便器のフタを閉めたままの状態で、その上にウンコを残した。

健康的でホレボレするほどだったらしい。

何故?

こんなにすばらしいウンコができる健康体であることを世間に発信したくて、やったのか。それとも、ただの嫌がらせか。何かのメッセージか。

考えなくても、ただの嫌がらせであることは分かった。

当然、仕事場は、大騒ぎになった。誰だか分からない。社員である可能性は捨てきれないが、たぶん派遣作業員だろう、とみんなで決めた。

ここでは、犯人探しではなく,犯罪としての危険度に注目する。

ウンコだけだから危険はない。始末した人は、臭くて、腹立たしくて、情けなかっただろう。でも、爆弾ではないから爆発はしない。

だが、仮に、犯人が、一度飲み込んだ小型の高性能爆弾を、ウンコと一緒に排出するワザを修得していて、それを実行していたとしたら、トイレだけに、つまるところ、たいへんなことになっていただろう。

でも、そこにあったのはウンコだから。
やったことは、人格を疑いたくなる恥ずべき行為で、許しがたい。

「うーん、色、硬さ、太さ、どれをとっても申し分ない理想的なウンコだけど、今度からちゃんと便器の中にしようね」では済まされない。

幸い、犯人は、テロリストではなかった。幼稚なただの派遣作業員だった。たぶん。
みんなで、そう決めた。


要は、ラジオを聞いてて、派遣作業員をひとくくりにして語るのは、どうかなと思ったということだ。

貧困や社会不安は、確かにテロリストの温床となりうるのだろうが、いきなり派遣作業員に結びつけるのはどうだろうか。


派遣作業員にも分別はある。



余談だが、復しゅうするべく過酷なテロリスト養成のための訓練を受け、爆弾を飲み込んだ後、排出する極意を体得していたとしても、爆弾の太さ(大きさ)にもよるが、排泄時に通過部分の内壁が傷つけられ、便器のフタは血で染まってしまうだろう、と想像される。

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みんな疲れてる

この半年で、派遣作業員数が従前の約3分の1にまで減った。設立当初から赤字経営が続いていて、人員体制の見直しを余儀なくされたらしい。

金探で、20~30人が並んで列を作ることもあったが、今では、パラパラとやってきて、あっさり去っていく。忙しい思いをしなくてすむようになったのはいいけど、結局、9月末で金探の仕事がなくなる。

我々、金探組4人にとっては、いい職場だったのに。そんな、悠長な仕事を放置するほど企業は甘く
ないってことですか。あたりまえだけど。

負担が増えたのは派遣作業員。全体の荷物量としてはやや減少したが、大幅な人員削減により1人当たりの仕事量が相当増えた。派遣は残業を要請されるケースが増えている。

正社員は、朝8時に現場に入り、夜10時頃まで残業することも珍しくない。

トラブルも少なくない。先日も、夫婦で働いていた派遣作業員が、原因は分からないが、リーダーとトラブルになり、2人とも翌日から来なくなった。

みんな疲れている。派遣も、正社員も。


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だいじょうかな…そんなに浴びて

夜勤明け。

帰ってきて、すぐ寝ようと思ったけど、いろいろとやることがあって結局、寝ずじまい。

このまま、また夜9時からの仕事だ。8時前には家をでなくては。

仕事内容は、派遣作業員の見張り。物流倉庫でピッキングをしている作業員が商品を持ち出さな

いか出入口でチェックすることで、警備のアルバイト。

空港にあるような金属探知機が据えてあって、作業員はその下を日に何回もいったりきたりしている。

そんなに、頻繁に電磁波を浴びてだいじょうぶなのだろうか、と思い、ネットで検索して調べてみよう

としたが、よく分からない。

やはり、電磁波測定器で計測した数値かなんかないと具体的な話にならないでしょうね。

私は、探知機を通らないのはもちろん、なるべく近づかないようにしている。作業員の人たちには申し

訳ないけど。

作業員を疑ってかかっているわけだから、人権侵害にならないのかという疑問については、

どうやら、就業前に、入退出時には検査を受ける旨の同意を得ているらしい。

最も、そこを出入りする人間は、幹部であれ、事務員であれ、外部からの見学者であれ、例外なくゲ

ートを通るので、それに対して、抗議する人はいない。

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夜も眠れず、仕事も手に付かない不安な日々                      連帯保証で500万円の負債を抱え、多重債務に

サラ金相手の損害賠償請求事件
2008-06-23オーマイニュースに掲載された記事です。

 友人Aは、緊張した面持ちで原告席にいた。開廷前の簡易裁判所。訴訟代理人の司法書士と被告の双方の間を、書記官がせわしなく行き来している。提出された証拠書類を確認しているのだ。

 しばらくして裁判官が入廷、司法書士に対し、訴状の通りであることを確認した。訴状に対して、被告からは事前に反訴状が出されていた。被告が原告を逆に訴えたのである。裁判官もせわしない。ボソボソと早口で喋るため内容が聞き取りにくい。

 一市民にとっては非日常の裁判も、関係者にとっては毎日の仕事なのだ。事務的に手早く処理されていく。傍聴人席は5人。私のほか、次の裁判の関係者もいた。

返済毎月20万円でクビ回らず

 消費者金融を相手に訴訟を起こした損害賠償請求事件の第1回口頭弁論。原告は友人のA。被告は、九州地方で事業展開するC社だ。

 九州に暮らす友人Aが、家業の経営不振に加え、連帯保証人になった約束手形が不渡りになった。このため債務返済の目的で消費者金融を利用して、返済のためにまた新たな消費者金融から借り入れるという典型的な多重債務のパターンにはまった。

 年29%超の高金利を10年以上払い続け、返済額は最終的に計12社・毎月約20万円にまで膨らんでいた。返済前日になると、夜も眠れず、仕事が手につかない日々を過ごした。
 
 しかし昨年、多重債務者を救う会を訪れ、紹介された司法書士が進めた債務整理によって、大半の債権者との間で和解が成立した。

 しかし、C社のみが和解に応じないことから、訴訟に踏み切ったのだ。事件を審理するのは、九州にある簡易裁判所(簡易裁判所=民事事件の訴訟価額が140万円以下の請求事件について第1審の裁判権を持つ)。

バブル崩壊時、父は宅地と会社を売却したが…

 1980年に大学を卒業したAは、すぐに、父の経営する会社に勤務した。当時は会社経営も順調に推移していたが、1994年ごろから経営難に陥った。

 それに伴い、銀行の融資枠が縮小され、融資を断られた。Aの父親は経営継続を模索し、やむをえず消費者金融を利用した。1995年8月ごろ、Aは消費者金融計8社から借り入れし、会社経営と、自らの生活資金に充てていた。その後、返済と借り入れの繰り返しではあったが、何とかやりくりしていた。

 1997年6月、Aは友人だった会社経営者を信用して、約束手形(500万円)の連帯保証人になった。すると当の本人は逃避、手形は不渡りとなり、連帯保証人のAが負債を負う結果となった。Aは父親に相談。その結果、父親所有の宅地を売却し、その代金で約束手形の債務の全額と、父の会社の債務の一部を返済した。

 そして、父親はそれを機に会社も売却。それによって会社関連の負債は完済できた。

 しかしA個人の負債はほとんど残ったままだった。多数ある毎月のサラ金の返済で生活が苦しくなり、1998年にB・Eの2社から新規に借り入れして返済に当てた。

 この時期には、Aは計9社から借り入れしていて月々の返済額は約16万円だった。これ以降は、借り入れと返済の繰り返しで、次第に生活費も不足していった。

「枠」をやりくりしながら

 1999年2月、E社から30万円を借り入れた。この30万円は、返済した分については新たに新規で借り入れできる「融資枠」である、つまり30万円を借りて2万円まで返せば、返済中の28万円に加え、新たに2万円借りることができると知らされ、1999年10月、同社の営業所に契約した。E社への返済は銀行振込を利用した。しかし、これに対して同社からは、領収書の送付発行は1度もなかったという。

 貸金業規制法は、利息制限法〔元本10万円未満の場合、年20%。10万円以上100万円未満、年18%。100万円以上、年15%〕を超える利息について、法律で定められた事項の記載のある領収書を交付することを義務付けているので、29.2%の金利を設定していたE社はこの点で違法となる。

 1999年10月から2003年2月までの約4年間は、返済によってE社の融資枠が空くと、その差額借入で再び契約した。

 もっとも、その後も生活費の不足や急な出費などがあり、Aは新たに2社の消費者金融から計100万円を借り入れた。金利が高く、元金がなかなか減らないため、月々の返済額は約20万円に達していた。

 支払いが遅れることがあり、Aは実の父親や、妻の親に立て替えてもらうことも多くなっていった。

債権譲渡の証拠なく騙し取られた20万円


 Aは借入元金が少しでも減ると、差額借り入れする方法を続け、2005年5月、再度E社から借り入れする目的でに同社の営業所を訪れると、移転していた。

 移転先に行くと、E社の看板は無く、かかっていたのはC社の看板だった。女性事務員に「ファイナンスのE社はここですか」と尋ねると、「“ここでいい”と言われた」とAはいう。

まるで債権譲渡があったかのような、スムーズな客対応

 Aはこの時点で、「E社がC社に社名変更したのだ」と思い込んだ。40万円を借りたAは契約書にサインした。すると、そこからE社に残っていた借金約20万円が差し引かれた残りの約20万円だけがAに手渡された。

 その時の説明は、「(E社で貸し付けた)現在の借金を差し引いて残金を渡す」というもの。その際の事務処理は女性担当者がすべて1人で行った。制服、契約書の記入方法、備品など、Aが知っているE社の事務所内の様子とほとんど変わらない状態だったとされる。
 
 つまり、C社はAに対し、E社の債務を引き継いだ形で営業していると説明し、それを信じたAに対し、C社から新規で借りる予定40万円から、E社への債務分を差し引いて、約20万円を支払ったのである。

 しかし、実際は貸金業者E社の登録は、2005年2月に抹消されていた。C社はE社から債権譲渡を受けていないにも関わらず、E社の債権分として約20万円をAから騙し取ったと、原告側(A側)は訴えている。

 その後もAは、他社を含め、借り入れと返済を繰り返し、再び2006年1月にC社で50万円の切替を行った。その時の事務処理は、2005年5月と特別変わらなかったという。

たった2日遅れで、催告状!?

 2006年11月ごろ、Aから債権者への返済が全般的に遅れるようになっていた。するとC社(返済日は毎月15日)から11月17日付で、催告状が送られてきた。

 催告状の内容は、残元金と利息および遅延利息損害金を支払うよう記載され、これ以上遅れると訴訟を起こし、財産を差し押さえ、強制執行するとの通告があった。

 身内には、すでに多額の借金で迷惑をかけていたため相談できず、一括返済はとうてい無理な状況だったため夜も眠れず、仕事も手につかない不安な日々が続いた。

 いつまでもこんな生活を送っていたら一生返済できないのではないかと悩んでいたら、妻からの情報で多重債務者を救う会の存在を知り、相談したところT司法書士事務所を紹介された。

 T司法書士が交渉した結果、十数社の債権者のほとんどと和解が成立し、過払い金が返還された。そのなかで、C社だけが応じないとの報告を受けた。

 C社は、Aに手渡した金額が約20万円だったにもかかわらず40万円貸し付けたと主張し、返済日の遅れに伴う延滞金と元金の返済を求めてきた。そして、E社とC社は別会社であるという理由から原告Aの提出した訴状に対して反訴状を提出した。よって、同裁判所で同時に審理中である。

過払い債権を認識する

 2006年11月の催告状にあったC社からの請求金額は、E社とC社の債務額を合わせたものだった。C社はE社とは別会社と主張しているが、Aに貸し付けるときは、E社への債務分は差し引き、催告するときは、E社への債務分を足し合わせていた。

 2005年5月の時点で利息制限法に引きなおすと、E社との取引は、Aが約60万円の過払い債権を有していたことになる。Aは、借入開始当時、過払い金返還請求権を有していることを知らなかった。請求権を認知していれば、新たな借入を行うこともなかったと主張している。
 
 C社について、T司法書士は「他にも同様の訴訟があり、悪質」と指摘する。

 過払い金の請求訴訟は、消費者保護の観点からグレーゾーン金利を事実上否定した2006年1月の最高裁判決などを受け、その後、全国で頻発している。

 それに伴い金融庁は、貸金業規制法施行規則(内閣府令)の改正を行うことを表明した。ただ、グレーゾーン金利の撤廃については未定としている。

グレーゾーン金利とは、利息制限法に定める上限金利は超えるが、出資法に定める上限金利(29.2%)には満たない金利のこと。

 利息制限法によると、利息の契約は、同法で定められた利率を超える超過部分は無効とされている。貸金業者、特に消費者金融(サラ金)業者の多くは、このグレーゾーン金利帯で金銭を貸し出す。ただし、最近では特定調停などの裁判所で行う手続きや、弁護士、司法書士が介入している債務整理については、利息制限法の金利で引き直し計算を行っている。

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間違えないでほしい、我々は働く人間である!!

[日雇い派遣] ブログ村キーワード
 2008-02-24 オーマイニュースに投稿し、掲載された記事です。一部、加筆しました。

 2007年9月の日曜日、短期派遣専門の人材派遣会社オープンループパートナーズがインターネットで募集している日雇い作業に応募して働いた。

 メールで応募すると、同社から電話連絡が入り、仕事内容の詳細等が告げられる。不採用の場合はメールでの回答だ。

 応募した仕事は東京都内での事務所移転作業。午前9時〜午後5時までで交通費込みの日当は8000円。同社は日当を翌日に指定した銀行に振り込むシステムを採用しており、実際の手取り額は振込手数料105円を差し引いた7895円だった。

集合は2時間前。でも拘束時間には含まれず…

 最寄り駅への集合時間は午前7時だ。オープンループパートナーズの担当者が集合場所となる改札口を間違えて、応募した10人前後の作業員に告げていたため、全員がそろったのは7時30分ごろだった。

 そこから現場までは徒歩で約15分。1日限りの引っ越し現場なので、行き方は誰も知らない。オープンループパートナーズに電話で住所と道のりを確認し、現場に着いたのは8時前。オープンループパートナーズと、派遣先となる運送業者の担当者どちらも不在のため、依頼主に作業現場であることを確認して、我々は待機した。

 以前、派遣業者のプレミアサービスで、1日だけ印刷工場での作業に従事した時も2時間前に集合させられた。その時は、案内役のプレミアサービスの社員が1時間40分遅れてきて、始業時間ぎりぎりに現場に入った経験がある。

 作業開始前からの長時間拘束は、毎日異なる作業者と一緒に働くことになるので、コミュニケーション不足による不手際が頻繁に発生することを前提とした結果の対応策であるとも受け取れる。

 だが、それは時間給で働く作業員の側が負担するのではなく、拘束時間として賃金が保障されるべきだろう。日雇い派遣現場の大半が作業開始約2時間前の集合を義務付けている現状は改善されるべきだ。

緊張感のある現場で、従順を求められる作業員

 オープンループパートナーズでの作業内容は、エレベーターのある4階建てビルから、隣接する階段しかない3階建てビルへの事務所移転作業だ。遅れてきたオープンループパートナーズの担当者は、遅れた理由を説明することもなく我々に作業着の入ったダンボールを渡し、適当に選んで着替えるよう指示した。

 場所は、私道に止められたオープンループパートナーズのワンボックス車の周辺である。青色のズボンとオレンジ色のTシャツに着替えながら、今まで路上で着替えた経験があったかな……と記憶をたどってみたが思いつかなかった。こんなところを知り合いに見られたくはないな、と思いながら急いで着替える。

 小雨が降っていた。力仕事なので晴天よりマシかなと思う。日当8000円の1日限りの仕事だ。こんなものだろう。深く考える必要はないのだ。

 作業中、20歳代の派遣作業員が会議用のテーブルをひとりで運んでいたら、室内を傷つける恐れがあるため、軽くても2人で運ぶようにと注意された。作業員が返事を怠ると、責任者である50歳代の運送業者が「返事は!!」と、野太い声ですごんだ。


 非は、返事をしなかった彼にある。しかし私は、運送業者の態度が、彼に対する、単なる作業上の注意ではなく、それを超えたどう喝であると感じた。少なくとも私はそう受け取った。運送業者が直接雇用しているアルバイトに対しては、同じようなミスでも、どう喝することはなかったからだ。

 日雇い派遣であるわれわれは、作業する上で、雇用主に対して常に従順で、必要以上の緊張感を持つことを要求される。彼らの目をまともに見て話してはいけないのだ。派遣作業員は、卑屈さを備えることが欠かせない条件の一つであるとさえ思う。

もちろん、すべての現場がそうであるとは思わない。だが、日雇い派遣のポジションはそんなもんなのだ。実際に、働いてみて。

 派遣ユニオンが先日、実施した「グッドウィル失業ホットライン」に寄せられた相談事例の中に、「犬のように扱われていると感じる」という訴えがあった。確かにそう感じることがある。

 でも間違えないでほしい、われわれは働く人間である。あなた以上ではないかもしれないけれど、あなた以下ではない。

グッドウィル失業ホットラインを設置

 派遣ユニオンではグッド社の事業停止に伴い、日雇い派遣労働者の相談を受け付けるため、2008年1月18~24日(各12~19時)の7日間「グッドウィル失業ホットライン」を設置した。相談件数は55件(男48人、女6人、不明1人)。うちグッド社以外の日雇い派遣会社に関する相談が6件あった。主な事例は次のとおり。

 [兵庫県・男性]週3~4日、グッドウィルのスポット派遣で働いていたが、業務停止に伴い18日から仕事がストップするといわれた。他の会社にも登録しているが、なかなか仕事が見つからない。無収入の母親と月12~13万円程度のスポット派遣の収入のみで暮らしているが、生活に困ってしまう。

 [千葉県・男性]グッドウィルの事業停止で仕事がなくなるので、他の派遣会社で仕事を決めた。ところが月給制なので1カ月先まで賃金がもらえず、それまでの生活費がない。

 [男性]1年半くらい前からほぼ毎日グッドウィルでのレギュラーやスポットで働いてきたが、事業停止の影響で1月から仕事がなくなり、今後は仕事を紹介できないといわれた。他の派遣会社にも登録しているが年齢(59歳)でハネられてしまう。妻が他界し一人暮らしだが、生活に困ってしまう。

 [三重県・男性]12月26日を最後に仕事が回ってこない。収入が閉ざされるが、何か保障はないか。

 [東京都・男性]レギュラーで入っていたが仕事が1月いっぱいで切れてしまう。派遣先では長期で働いてほしいといわれた。4カ月同じ派遣先で働いていて、派遣前に「顔合わせ」があり、2人のうち私が選ばれた。

 [岡山県・女性]日雇い派遣で働いているとき、嫌がらせで突然派遣先から「お金は払いません」「サインもしません」といわれた。違う現場でも同じようなことをいわれた。日雇い派遣スタッフは、犬のように扱われていると感じる。

 ■派遣ユニオン連絡先
 東京都新宿区西新宿4−16−13 MKビル2F
 電話:03−5371−8808


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赤木智宏さんの論文読みました~ 「まだ負けたわけじゃない」と呟いている

[日雇い派遣] ブログ村キーワード
2007-12-28オーマイニュースに投稿し、掲載された記事です。

 私は、希望をもつことができない。派遣社員として働いて生活したこの2年間の実感だ。

 知人の仕事を手伝う目的で、約20年間勤めた会社を辞めたが、うまく軌道に乗せることができないため、収入を得る目的で一時的に派遣に登録し、働いた。それまで派遣の存在は知っていたが、その実態はまったく知らなかった。何故これほど、経済的に不安定な状況の中で働かされ、追いつめられていかなければならないのか。

 サラリーマンの時、通勤途中の車窓から見た倉庫群の1画で、営業に行った隣のビルで、日々、肉体と精神を消耗させながら黙々と働く人達がいることに気付くことはなかった。認識はしていたが、私には関係がなかった。それぞれの職業だと思っていた。私が専門職を選んだように、彼らは倉庫作業を自ら選んでいるのだろう、ぐらいの理解でしかなかった。

赤木論文に揺さぶられる

 赤木智宏さんの存在を、12月16日付のオーマイニュースの記事で初めて知った私は、その『論座』(2007年1月号、朝日新聞社)に掲載された論文「『丸山眞男』ひっぱたきたい。31歳フリーター。希望は戦争」を読んで、大筋で賛同した。派遣の現状を体験した私は、赤木さんの展開する論旨に揺さぶられた。


 私は、派遣の立場で単純労働の仕事を、この先一生続けていかなければならないとしたら、とても希望をもつことができない。現段階では、経済的に不安定な状況に置かれているものの、一方で、実現の可能性はどうであれ、事業としての成功を目指す本業を持っているという希望(野望)があるからこそ、身体的にツライ派遣の仕事を一時的に続けることができる。

 その本業が挫折したら、50歳を超えた私は年齢的、能力的にも再就職は難しいだろう。赤木さんの論調では、過去に正社員として凡庸な生活を得るという恩恵を受けた私は、リストラ対象者と同様、同情に値しない存在でもある。正社員を経験していない、不幸な赤木さんたちに比べれば、一時的にせよ、安定した収入を得、結婚して家庭を持ち、人並みと思われる生活を体験することができたからだ。

 そのため、赤木さんが挙げる、人間としての尊厳を獲得できる環境が与えられた多数派に属する1人だろう。

戦争を希望する親はいない


 赤木さんは、正規雇用層と非正規雇用層とが簡便に入れ替わることのできる状況が創出される戦争を希望し、社会の流動性を高めたいと主張する。だが、2人の子供を持つ親としては、戦争は容認できない。単純ではあるが、我が子が死ぬかもしれない戦争を希望する親はいないだろう。


 でも過去の私はどうだったのかと振り返ると、赤木さんと変わらない自分がいたことに気づく。20代後半まで、今でいうフリーターをしていた私は、当時ブームになった、『新約聖書』の「ヨハネの黙示録」に記された部分を、世界の終末戦争とする解釈が、実現するのを真剣に期待した。

 若さゆえの夢に浮かれ、それに破れた私は、現実の世界に対して、将来に対して、絶望していた。その手の本を読みあさり、『聖書』を買い、世の終わりを検証しようとした。世界の終わりを望み、新たな救世主が現れ、懸命に働くことで、平等で平和な世界が構築されると妄想した。現実を受け入れることを拒み、自身が救われるために、世界が1度、滅ぶことを願った。

 赤木さんほどの整然とした論理は持ち合わせていなかったが、社会の中で居場所のないフリーターとしての悲哀を体感した結果、そうした社会への報復の念によって、世界の破滅を希望した点で、大きく差異はないと考える。

 でも今、私は戦争を望まない。今後、本業の事業化に失敗し、派遣の仕事を続けなければならない状況になったとしてもだ。格差社会が是正されず、貧困層に分類されたとしても、現実の世界の中で、働くことでしか私の生活は成り立たない。ただ単に、戦争を想定することができないと言い換えた方が正確なのかもしれない。

 赤木さんの掲げる戦争は、正社員と非正規社員との間で行われる階層間の戦いの延長線上にあるとされる。その過程で、正社員の平和な家庭が破壊され、貧困層が新たなチャンスを掴むことができるという発想だ。

 彼らは現状で幸せな生活を送る人達が、不幸になることを望んでいる。替わってその地位を獲得することでしか、自身が幸せになれる手段がないと言い切る。それほど切羽詰った状態にあるということを、どれほどの正社員が気付いているだろうか。

 コネクションを使えば、有利に就職活動を行えるのは今も昔も変わらない。コネのないフリーター当時の私は、零細を含め数十社の会社を回り、就職活動した。その結果、20人規模の会社ではあるが、正社員になれた。

 前記したように、何とか人並みの暮らしができた。当時は、派遣法が整備されていなかったため、正社員雇用がごく普通であった。しかし、大手企業の場合、中途採用は皆無だったと記憶している。新卒時に就職しない場合、全うな暮らしからのドロップアウトをも意味した。

 それでも当時は、私のような中途半端な存在の人間が社会の1員として、潜り込める余地があったということだろう。それを、「ゆとり」と表現するか、整備過程にある「不備な部分」とするかについては、現状の硬直化しつつある格差社会を基点として振り返ると、答えは明らかだ。

安定した社会は、不安定な階層を溶出している


 安定支配層は、自身の地位をより強固にする目的のためだけに腐心する。それが世界の牽引力になる。利益配分はそれに参加した人間に対して、その貢献度によって決められ、支払われる。

 20年間は、私も貢献したと思われる対価を当然のように受け取った。正社員であった過去と比較すると、派遣社員の待遇の差に戸惑う。率直な話、かつての場所にもう1度戻りたいと、切実に願うこともある。

 1000円に満たない時給は、人としての誇りを見失ってしまいかねない金額だ。単純作業であったとしも、その労働に見合った対価ではあり得ないことを訴えたい。

 世界が目指す安定した社会は、一方で不安定な階層を溶出している。誰もが幸せになる道を、我々は選んでいない。多数派ではあるが、平和な家庭の数には制限がある。それを支えるための敷石となり、土台となるための貧しい人達の存在が不可欠となる。

 個人がその能力によって仕事をしていると前提すると、誰もがそのポジションで幸せになるべきだと思う。不安定な社会の中では、精神的余裕が失われ、平和な家庭の維持が難しくなる。正社員もまた、リストラの脅威の中、不安定な精神状態にあるともいえよう。

 派遣の現場にいると、閉塞感を覚え、混沌した社会状況の只中にいることを実感する。工場で、倉庫内で働くだけでは、平和な家庭が築けないからだ。結婚して、子供を育てるための充分な収入を得ることができないからだ。

派遣で働く道しかないとしても


 それでも私は、より良い制度の実現を期待しながら、戦争のない現状の世界で働くことを望みたい。派遣で働く道しかないとしてもだ。

 希望をもつことができないとしても、「負けたわけじゃない」と考える。勝ったわけでもないが、一市民として働いて、何とか生活していけると考える。幸いなことに家族があり、友人がいる。不満は尽きないが、まだ負けてない。この文言でひと息つける。

 何に負けていないかは、自分に問わない。得体のしれない何かと、確かに闘っている。この先、勝つことはないかもしれないが、とにかく、まだ負けていない、と呟く。

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ごめん

父が、5月に亡くなった。

とても頑固だった。

二十歳ぐらいから60年間分の日記がある。

ほんとに、こまめな人だった。

母が亡くなって5年、1人で暮らした。

派遣の私には、充分な葬儀を出してやることができなかった。

ごめんなさい。




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立ち止まり、目で追った~ 末期がんの母を看取った後で

2007-09-18 オーマイニュースに投稿し、掲載された記事です。一部、加筆しました。

 「家族を大事にね」

 亡くなる1週間前、週末の休みを利用して様子を見に行った私が帰る際、母が言った言葉である。それが母との最後だった。

  ◇

 厳しい残暑が続いていた。見舞客もまばらな白い2階建て病棟が、強い西日の照り返しで、まばゆく映った。「必ず治る」と繰り返し言っていた。余命告知はしていなかった。自身の命の時間を知っているのだろうかと、九州から帰る飛行機の中で自問した。

 2002年9月のある日、「大したことないけど」と前置きし、検診で胃がんが見つかったと母が知らせてきた。早期がんで見つかって幸いだった。紹介してもらった大きな病院で来月、手術する予定だという。

 手術の前日、東京から帰省した私は、担当医に症状の説明を受けた。胃のほか肝臓に薄い影が見えるが、大きな問題ではなさそうだ。はっきりとしたことは手術してみないと分からないと話した。狭心症の持病を持つ母は、先にそちらの手術を希望したが、早期がんであれば狭心症は後でも良いのでは、という医師の言葉もあり、私の判断でがん手術を優先してもらった。約2時間の予定で、午前10時頃に始まった手術が終わったのは、6時間を経過した午後4時過ぎだった。

 結果は進行がんで管内胆管がんにかかっていた。胃がんとの因果関係はないという。すでに肝臓、腹膜全般に転移しており、肝臓の2分の1、腹膜の一部を切除、胃の切除は3分の2だった。医師の診断は余命3カ月~半年だった。病期(進行度)としては、最終段階の「IV期・初期」だった。父は信じなかった。「医者の言うことはさっぱり分からん」とへそを曲げた。

 手術担当医師から引き継いだ30歳代の内科医師と、がん治療に関する話し合いを行った。治療法としては、進行を遅らせるための化学療法(抗がん剤)と放射線療法があるが、現段階では、管内胆管がんに対する有効な治療方法は確立されていない。治癒の見込みはないことを宣告された。積極的治療として位置づけられる抗がん剤治療だが、効果不明の上、激しい副作用が懸念されることから選択せず、痛みなどの症状を緩和する治療を行うよう要望した。度々、見舞いに訪れてくれた親せきの内科医も、担当医と会った上で、抗がん剤治療の選択は薦めなかった。

 年末に歩けるまでに体力が回復した母は、正月を自宅で過ごした。やつれた母は、

「元気になったら東京にも遊びに行くからね」

と帰省した我々家族に何度も話した。胆管がんの告知はしていなかった。

  ◇

 しばらくして母は、車で約1時間かかる手術を受けた病院に再入院した。父と再入院後から滞在してくれた叔母は毎週、病院に通った。その後、地元の病院で治療できるよう担当医に相談し、自宅から車で5分の個人病院に転院した。

 寝台車に同乗し付き添ってくれた担当医は、東京では、皇族の治療に当たっていたという地元出身の院長に、母の病状と治療に関する引き継ぎをし、抗がん剤治療は行わないことを確認した。

 5月、出張で新潟にいた日。抗がん剤を投与したらしいというメールが見舞いに行ってくれた親せきの医師から届いた。すぐに、手術を行った病院の担当医に電話した。抗がん剤治療は行わないよう申し送りしてくれたことを再度確認。翌日、母が入院している病院に行き、院長に面会、担当医が抗がん剤治療を行わないことを伝えた点と、抗がん剤投与の有無を確認した。認めた院長に投与の理由を尋ねたら、明確な答えはなかった。私は、淡々と話した。転院を申し出た。

 一瞬、院長の顔色が変わり、私から顔を背けたが、すぐに「かまいませんよ」と、“医師の顔”で答えた。

  ◇

 母は、隣町の総合病院に転院した。余命1~3カ月の末期の厳しい状態だった。総合病院の担当医に、抗がん剤治療は行わない旨を申し入れた際、「ほかに良い方法はありますか」と尋ねた。やはり、「有効な抗がん剤治療は確立されていない」と言った。

 最後まで、強い痛みがなかった母は、それから約半年後の10月に亡くなった。

 経過を知らされていない母は、最後まで個人病院の院長を信頼していた。どうして転院したのか、私には直接問いかけることはなかったが、叔母に聞いたという。狭心症の手術についても、どうして後回しにしたのかと私の判断を計りかねる様子だったらしい。

  ◇

 1年後、仕事からの帰り、東京駅の乗り換え通路を歩いていると、母にそっくりの女性を見かけた。元気な頃の母に似ていて、見覚えのある濃紫の洋服を着ていた。そんなはずはないと思いながらも、立ち止まり、目で追った。
 
 涙が、こぼれそうになった。

 もう一度、母に会いたいと願った。


 


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職場がなくなる

さて、困った。9月いっぱいで、いまアルバイトしているところの仕事がなくなる。8月末に言われた。

現場自体がなくなるわけではなく、私が担当しているところの仕事、つまり、金探です。

また、仕事を探さなければ…。

ところで、今月からオーマイニュースがリニューアルした。オーマイライフだとか。

方向転換というか、方向性を明確にして、私が書きたい記事は載りそうもないサイトになってしまっ

た。記者登録はそのままにしてあるけど、過去に投稿した記事の扱いが今後、どうなるか。

とりあえず、こちらにアップしていくか。まずは「毎日辞めることを考えていた」から。掲載時にカットさ

れた(約4分の1)部分も書き加えて。
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「毎日辞めることばかり考えていた」

2007-08-30オーマイニュースに投稿し、掲載された記事です。一部、加筆しました。
大阪・東芝生産ラインの現場から


中指がカクカクと動くようになった。生まれて初めての経験である。
その症状をネットで検索すると、腱鞘炎らしいことが分かった。軽く拳を握った状態から、指を伸ばそうとすると、付け根の部分で一度ひっかかった後、勢いよく弾かれたように動くことから「バネ指」と称するらしい。
エアードライバーを使いはじめて約2週間が過ぎた頃からの現象だ。

時給900円、交通費1日500円

私が大阪府茨木市にある東芝家電製造(太田東芝町)に派遣されて、家庭用冷蔵庫を生産しているライン作業に従事したのが2006年5月29日だった。

5月の連休明けに、大手人材派遣会社クリスタル(2006年11月グッド・ウィルが買収)のグループ企業クリスタルサービス(現グッドウィル・プレミア)茨木サテライトに登録してから半月後に紹介された定番(派遣先の営業日に従事すること)の仕事だ。

時給は900円で交通費は1日500円。始業時間は朝8時。始業時刻にラジオ体操の音楽が工場内に流された後、朝礼があり、実際にラインが動くのは8時10分頃からだ。朝10時と午後3時にそれぞれ10分間の休憩があり、昼休みは12時10分から午後1時までの50分間だ。定時の終業は午後4時45分で実働7時間45分になる。残業の場合は、定時終業後10分間の休憩を挟んで行われる。

当時の従業員は約800人で、人材派遣会社が東芝からライン作業を請け負い、大型冷蔵庫を生産していた。冷蔵庫の組み立てを行うのはA・B・Cの3ライン。

私が配属されたのは同じくクリスタルグループの中核をなす大手派遣会社コラボレート(シースタイルと合併し、現プレミアライン)とその子会社・シースタイル(現プレミアライン)が受け持つA・Bのライン中の、Aラインだった。

Cラインを請け負っていたのは同じく大手派遣会社の高木工業だ。各ラインに40~50人の作業員が配置されていた。そのほかの派遣会社としては、フルキャスト、フジワークスなどだ。

クリスタルは、コラボレートの不足人員を補う形で人員を補充していた。私が東芝の仕事を紹介された時、1週間ぐらいの仕事と聞いた。その際、解雇通知等の条件就業条件に関する説明はなかった。

「制服は、この中から適当に選んで」

同日に派遣されたのは私を含め3人、30代と50代の男性だ。3人とも1週間続いていた。その後、派遣された20代の男性は室温が40度を超える暑さの発砲スチロール製造作業に耐え兼ね、翌日には辞めたという。

初日は、7時50分頃に到着したが他の一人が遅れたため午前8時30分頃まで待たされた。その後、勤務時間、仕事内容、制服の支給、食堂・売店など工場内施設の簡単な説明を受け、現場担当者に引き継がれて配属先が決められた。私は他の2人と別れ、製造ラインに連れて行かれた。

「制服は、この中から適当なものを選んでください」と言われ、洗濯はしてあるらしいが、段ボール箱の中に投げ込まれ、皺だらけのLサイズの半袖上着を1着と別の箱に入った帽子を選んだ。1着しか支給されないため、1週間、同じ制服と帽子を着て作業した。洗濯は、毎週末に自宅に持ち帰って行った。ズボン、靴は自分の持ち物を使用した。軍手は、支給品で、洗ってあるものを各自が、選んで使う。

工場内には、エアコンの冷風がダクトを通して供給されていた。各ラインごとにスポットエアコンが、2~3人に対し1つの割合ぐらいで配置されているが、作業者全員分はない。当然、古参の作業者が優先的に使用するため、新入りは一日中、汗をかきながら作業に当たることになる。

ラインに向かって立つと約20メートル後方に部品の搬入場所があった。頻繁にトラックが出入りしていてシャッターは上げられたままの状態だ。そのため、外気が進入してくる。工場内は、外に比べやや温度が低い程度の環境にあり、ライン作業者全員が汗だくであったことに変わりはない。

人材派遣会社クリスタルは、同じグループの人材派遣会社コラボレートからの要請で、作業員を派遣していた。そして、コラボレートが直接雇用している場合の賃金条件は、時給1000円、交通費は別途、月1万円だ。

ライン作業で隣り合ったコラボレート所属の派遣社員Kさんの話で分かった。クリスタルからの派遣社員とコラボレートの派遣社員が、行う仕事内容は同じだ。しかし、コラボレート所属の派遣社員に比べると私の賃金は、時給で100円少ないことになる。

コラボレートは無料就職情報誌の大手・アイデム関西版等で募集していたらしいが、就業条件が長期(3カ月以上)となっていたようなので、スポット(不定期での就労)を条件に探していた私にとっては対象外の仕事でもあった。

駅から徒歩20分の道のり

自宅からの通勤手段は阪急京都線を利用した。自宅からの最寄駅「正雀」から同工場の最寄駅「総持寺」までの料金は180円(同区間の定期代1か月6670円)。「正雀」までは自宅から自転車で約10分。「総持寺」から工場までは早足で約20分。東芝行きバスは「総持寺」手前の「茨木市」駅から約10分間隔で運行していた。しかし、片道200円のため派遣社員の利用者は少ない。電車を利用する工員の大半が「総持寺」から徒歩で通った。

私は、朝は徒歩、帰りはバスを利用しようと決めていたが、半月を過ぎた頃から疲れが溜まり、朝・晩、バスを利用する機会が多くなった。

もし交通費の負担を気にせず、自宅から公共交通期間を最大限に利用すると、徒歩約5分のモノレール「摂津」駅を利用して「南茨木」駅まで行き、阪急京都線に乗り換え、「茨木市」駅で降り、バスで東芝の工場前で下車する経路となる。「摂津」~「総持寺」の乗車料金は390円(定期代1カ月1万4700円)。「摂津」~「茨木市」は390円(定期代1万3780円)。このルートの交通費は、片道590円、往復1180円になる。

クリスタルから支給される交通費は1日500円だから、上記の公共交通機関を最大限使うルートは採れない。節約のため、総持寺駅から徒歩で通うルートを選択する機会が多かった。

500円の交通費で、月20日出勤すると1万円となる。正雀から総持寺までの定期を購入すれば支給される交通費だけで充分まかなえる計算になる。が、同程度の距離を通う工員のほとんどは、その都度、切符を購入して電車通勤していた。

「今日1日働いたら…」

というのは、長く続けられる仕事かどうかを数日働いた上で判断するからだ。定期の購入は、どうしても後回しになる。私の場合、本業の様子をみながら働いてみて1週間で辞めるつもりでいた。けれども、本業の方は、しばらく動きだしそうもなかった。クリスタルからの要望もあり作業を継続したが、毎日辞めることばかり考えていた。

「今日1日働いた後、派遣会社に辞めることを告げよう」。毎朝起きるたびに、繰り返し思った。毎日、辞めることを考えていたら、定期券を購入する気はなくなる。
定期を購入すれば交通費の負担が軽減されるのは分かっていたが、一括で6000円前後を支払うのが負担になるようなギリギリの生活状態にあったともいえる。

大半の登録者が、給料の受取方法として日払いを選択しており、週に1回の割合で給料を事務所に取りにいっていた。日払いは、月・火・木・金の午後3時~7時までに、事務所に受け取りにいくシステムになっていた。

日払いを選択しているのは主に学生、主婦、ダブルワーカーなど、他に主体となる仕事を持っている人たちが多いようだ。空いている時間を使ってスポットの仕事をこなすため、給料の受け取り方法として好都合なのは、日払いだろう。

だが、それ以外でも日払いを選択している派遣社員は多い。
派遣業者に登録して日払いを選択してしまうと、月払いに変更するのが難しくなる。受け取った現金は、当座の生活費として使ってしまうからだ。その中から、例えば光熱費など毎月決まった支払いを捻出し、月払いに切り替えるための計画性を発揮していくことは、容易くないと実感した。

突然の解雇通知

工場側が不要とみなした場合、仕事がなくなることがある。事実、働き始めて約3週間後の6月20日に突然、解雇を通知された。始業前にクリスタル登録の派遣社員が集められ、今日で東芝の仕事は終了だ、とクリスタル梅田サテライトに所属する社員から告げられた。

前日、クリスタル茨木サテライトに、毎日、義務づけられている出勤(出発コール)と終業(終了コール)の電話連絡を入れた際、そうした話はなかった。

梅田サテライトの社員と面識のなかった私は、説明した当人がクリスタルの社員であることを確認した上で、解雇の理由を尋ねた。詳しい説明はなかったが、コラボレートから依頼されていたクリスタルが一方的に契約を切られたのが原因らしかった。説明にあたったクリスタルの社員2人が、困惑した顔で話した。後日、聞いたことだが、クリスタル側に対する契約破棄の通知も当日だったらしい。

始業時間15分ほど前に告げられた話であることから、クリスタル所属の派遣社員はまだ出社していない者も数人いた。そのため、終業後にコラボレートの事務室内で再度説明する旨を告げられ、我々は仕事に取りかかった。

その日の作業終了後、顔見知りの茨木サテライトの担当者の説明によると、クリスタルに所属している派遣社員は、本日付けで解雇されるという。クリスタルは他の仕事を斡旋するが、東芝での仕事継続希望者はクリスタル替わって、コラボレートの出資会社で派遣会社の�シースタイル(現プレミアライン)と雇用契約を交わした上で、東芝での仕事を継続させるというものだった。

唐突な内容ながら熟慮の時間は与えられず、明日の終業時間後までに返事をするよう即断を迫られた。
結局、約20人いたクリスタル所属の派遣社員のうち東芝の仕事を継続したのは4~5人だった。それ以外はすべて東芝の仕事を辞めて、クリスタルが斡旋する他の仕事に就くことを選択した。当初から辞める気でいた私は、日払い制度がないシースタイルで仕事を続ける理由がなかった。

翌朝、辞めることをコラボレート所属のリーダーに報告すると、そうした事情について何も知らされていなかったため「唐突な話で困る」と言う。リーダーとはいえ我々と同じ派遣社員の立場にあることから、派遣会社内部の事情までは知らされていなかったらしい。

有能で好青年のリーダーは、すぐコラボレートの事務所に行き、シースタイルにも給料の旬払い制度(1日3000円を上限に、月末締め10日払いと、10日締め20日払い。通常の支払いは、毎月20日締め翌月5日支払い)があることを教えてくれ、東芝での仕事継続を要請された。

私は、経済的理由からシースタイルと雇用契約を交わし、東芝での仕事を継続した。労働条件通知書兼就業条件明示書に記載された雇用条件は、時給1000円、通勤手当1カ月5000円。契約期間は6月21日~6月30日まで。更新または期間延長の可能性(あり・なし)の部分については「あり」がマルで囲まれていた。

「今日のは外れやな」作業担当変更へ

私のいた、庫内に部品を取り付けるラインの長さは約30メートル。ラインに向かって立つと右手方向からボードに乗せられた本体が流れてくる。その後に続くドア取付と仕上げ作業が同一直線上にあり、合わせると約60メートルあったようだ。

ラインに沿って深さ約40センチ;、幅約70センチ;の溝が設けられており、冷蔵庫本体中央部分までの作業は作業員が溝の中に入って行う。冷蔵庫中間部分の作業は、側溝に蓋をして床面と同じ高さに立って行う。最上部は、設置された足場の上に乗ってそれぞれ取り付け作業を行う。作業員の男女の割合は半々。当然ながら、腕力を要する仕事は主に男性、女性は比較的軽い部品の取り付けを行っていた。

私が配属されたのはBライン。リーダーのY氏は30代前半で細面のヒョロッとした痩せ型タイプ。人懐っこい笑顔で話す温厚型の好青年。担当するライン作業すべての工程に精通していて、作業上で問題点があると、飛んできて即座に解決してしまう。担当ラインの作業員約15人からの人望も厚く、問題への対応能力は高い。

ライン作業で最初に担当させられた仕事は、ラインの中で最も体力を消耗する仕事だった。冷蔵庫本体最下段部分の引出し収納部にカバーをはめ込み、ドライバーでネジ留めする作業だ。

カバーをはめ込むのに相当の力を要した。カバーの成型加工の精度が低いため簡単に嵌らない。最初に、カバーを両手で持ち、はめ込み穴に合わせて押し込むのだが、かなりの力を入れて押し込んでも大半のカバーがうまく嵌らない。カチッという音を立ててはまるのは10個のうち2~3個の割合だった。

初日は、Cラインからの応援1人が私に仕事を教える形で居た。午前中は2人で作業に当たり、私は部品を手渡すなど補助的な仕事に回った。午後からは交互に作業に当たったが、力を入れ過ぎて人差し指と中指の爪と指の間が、切れて出血してしまった。結婚した当初、妻に、深爪気味で切り揃えていたことを指摘されたことが思い出され、力仕事をする時の爪の役割とヤワな手を実感することになった。

リーダーと副リーダーは様子を見ながら、時に私の担当していた作業を行い部品の不具合を確かめた。ところが、彼らが替わって行うと、それ程、不具合のある部品には当たらなかった。腕力的には、少なくとも人並みレベルを自負していた私の自信は、簡単に崩れてしまった。力だけではうまくいかないと頭で理解していても、初日ということもあり要領をうまく探し出すことができなかった。

作業場所の環境も私にとっては過酷だった。少しでも早く作業に取りかかりたい私は、前工程が終了してライン上を流れ、手に届く位置にくる前の場所に移動して作業した。つまり、前作業者と私の中間地点となる場所に移動して、早めに作業に取りかかった。早く作業しなければならないという焦りからだ。

そうして作業を進めながら本体と一緒になって移動した。その後も、次の工程に流れていく本体にくっついていきながら作業した。とにかく、身体の移動が可能な左右の場所を最大限に利用して作業にあたった。

作業場所で、溝の上り下りを、約200回繰り返したことになる。同日(昼勤)の冷蔵庫生産台数分約650台中、約3分の1として、その繰り返しは足腰にかなりの負担がかかった。3時の休憩時間を終えて溝に入った時、足の踏ん張りが効かず足首を捻ってしまった。幸い捻挫をするまでには至らなかったが、終業時は溝から足を上げるのがとてもつらく、自宅までの道のりが異常に遠く感じた。

Cラインから応援にきていた、二十歳代の金髪に染めた100キロはゆうにある肥満体の工員が、私の仕事ぶりを見て、副リーダーに「前に来てくれたにいちゃんはどないしたん。今日のは外れやな」と話していたのが聞こえ、自分が情けなかった。

大汗をかきながら、やはり部品をうまくはめ込むことができないケースが多い金髪肥満体の彼の作業ぶりと、私の作業は同じようだったが、聞こえないふりをした。

回転灯点灯させ視線を浴びる

作業場所の上部から垂れ下がっているスイッチを引っ張ると、古びた回転灯のランプが点灯して回りだす。同時に作業区域にメロディが響き渡る。部品の取り付けがうまくいかなった合図だ。ラインが止まる。約60メートルのラインに並んだ作業者全員の手が止まる。


メロディと回転灯の黄色い明かりを確認するため、各持ち場にあるいずれかのランプを見上げる。次に停滞している作業場所を探し、視線を送る。批判的な尖った眼差しではないが、注目される立場からすると、単純作業もこなせない自身の不甲斐なさと、ライン全体の作業者に迷惑をかけているという罪悪感が蓄積していく。自分の持ち場でラインを止めてしまうことに、抵抗を覚えた。

しかし実のところ、ライン停止は一息入れることができるホットする時間であることを、数日後に実感した。ラインが止まると、一時的ではあるが休息できるためだ。それは、目標生産台数達成を気にかける責任者以外の作業員共通の思いのようだ。作業中断中は腰を下ろしたり、隣同士で話しをしているケースが多く見られた。

翌日も同じ仕事を覚悟していた私は、始業10分前にラインの前に立ち、開始と同時に一人で作業に取りかかった。すると、慣れたせいか、昨日よりスムーズに部品の取り付けが行えた。30分ぐらいして「今日はなんとかこなせるかもしれない」という、弱々しい自信のようなものが芽生え始めた時、リーダーに声をかけられた。

おだやかな口調で作業場所の移動を告げられた私は、そこから7工程後の場所に連れて行かれた。連れて行かれるというより、先に立って案内するという表現が適切に思えるほどの配慮だった。仕事ぶりを否定されることもなく、あくまで適正を判断しているという態度に、少し救われた気持ちだった。

生まれて初めてのエアードライバー

私に与えられた新しい仕事は、床面に足場を組んでラインと同一の高さにある場所に立ち、エアードライバーを使って、部品をネジ止めする作業だった。
「エアードライバーを使ったことはありますか」と尋ねるリーダーに、私は「ありません」と答えた。エアードライバーは、空気圧を利用して先端部を高速で回転させるねじ回しだ。強力な回転力を発揮するため取り付ける部品のネジ穴が多少ずれていてもその推進力によって、ある程度強引に押し込むことができる。

最初に与えられた仕事は1種類のネジをエアードライバーを使い、5カ所止めることだ。30分ぐらいは作業者の後に立って、見学するように指示された。
担当を替わる場合は、現作業者の作業内容を見学することから始められる。その後、半分の作業を受け持つなどして徐々に慣れていき、完全に交替した後、前任者が新しく担当した作業者を見守るために現場に止まる。

生まれて初めて手にした鉄製のエアードライバーは、手に取るとズシリと重かった。握りの尻部分から先端に向かってヘラのような形状をした金属製スイッチが付いていて、底の中央にはエアー供給用のビニールパイプが取り付けられている。

握り加減によって回転速度が調整できるスイッチは、指が馴染むようドライバーの握り円周に沿って湾曲していた。強く握るとビットと呼ばれる+タイプの先端部分が高速回転する仕組みだ。全体の印象としては、クリップ付きのボールペンを大きくしたような形状だ。

エアードライバーは数種類あり、取り付ける部品によって使い分けられる。
私に渡されたドライバーはそこでは最も軽いタイプだった。本体の直径は約4センチ、長さ約17センチ。ビットが長めの約6センチあった。
それ以外は、それよりすべて直径が太いタイプだった。重い太めのタイプの方が回転速度が早くトルクが大きいので、大きめのビスを止めるのに使われる。
 
「しばらく続けられそうだ」

私に与えられた仕事は、小さめのビスを5本止める作業だったため、小型のドライバーが適していた。翌日、初日に私が担当した冷蔵庫下部の取り付け作業は、クリスタルサービス所属の30代の男性が新たな担当となっていた。

冷蔵室内の部品3種類のネジ止めを命じられた私は、どうやらエアードライバー担当者として合格点を得ることができたようだ。ラインを止めることなく順調に仕事をこなした。前工程の作業が終了する間、20~30秒待機するほどの余裕もあった。

前作業終了を待つほんのわずかな時間は、少し優越感を感じる瞬間でもある。「これなら、楽だな、しばらく続けられそうだ」と思った。不器用ではないと自負していた私にとって、小さな自信となった。しかし、生産効率を追求するライン生産がそんな悠長な状態を長く放置するはずがなかった

「おっちゃんら」にため息

エアードライバーの仕事が3日ほど続いた後、前隣で別の作業者が行っていた、庫内に部品をセットした後、私と違うタイプのビスを4カ所止めていた作業も行うよう指示された。

隣同士になった彼は私と同年代だったことから休憩時間を一緒に過ごすことが多かった。高槻から通っていた話好きのKさんは以前、健康器具の会社に勤めていたらしい。高校2年生の娘がいて、もう少しで子育てが終わることを、子供2人がまだ小学生の私に対し、少し誇らしげに語った。

Kさんと隣同士になって2日目のこと。定時で仕事を終了し、別棟にある更衣室で着替え、帰宅しようとしていた時、コラボレートの社員があわてた顔でやってきて残業があると告げられた。

説明によると、朝礼で残業の要請があったらしく、その際、全員が了承したとのことだった。リーダーの話す声が小さかったため、Kさんと私は聞き逃したようだ。

ラインに戻ると、Kさんと私の持ち場にリーダーと副リーダーが入って作業が行われていた。ほぼ全員の作業員が我々に鋭い視線を投げて寄越す。「すみません。朝礼の時、残業のことがよく聞き取れなかったので」と声をかけながら受け持ちの作業場所に入るが、彼らの表情が和らぐことはなかった。

1時間の残業が終わって、再びリーダーに謝ると「気をつけてください」と注意された。横にいた副リーダーが、「朝礼の時に言うたやろ、困るで。他のみんなは分かったとったやないか、おっちゃんらだけやで」と、我々を強い語調で責めた。すると、Kさんが「何を言うとんねん。もっと大きな声でしゃべらんかい」と声を荒げた。

私は落ちつくようなだめたが、修まらないKさんとリーダーらとの間で言い争いになり、「(上の人間の居る)事務所で話そう」というKさんの言葉で、コラボレートの事務所がある2階に4人で上がっていった。

両者の間に立つ形になった中途半端な気持ちの私は、2階の事務所でコラボレートの社員を待つ間、「もう帰っていいですよ」とKさんとリーダーの双方に言われ、ためらうことなく「それじゃ、お先に失礼します」と更衣室に戻った。

30代後半の副リーダーが言った「おっちゃんら」という言葉が頭を離れなかった。「おっちゃんはないだろ」と帰りのバスの中で繰り返し思ったが「やっぱり、おっちゃんに見えるのか」と50歳を超えた自身の顔を車窓に映すと、ため息がついて出た。

大きくなったリーダーの声

その日の就業計画は、事前にボードに掲載されていて、残業も確認することができる。他の工員は当日の残業は当然のことと認識していたらしい。ボードの利用方法を教えられていなかったとはいえ、その存在を認識していながら、内容を理解しようとしなかった我々の不注意だともいえよう。

ただ、リーダーの声が大きかったら我々が認識できたのは事実だった。結果的には、翌朝からリーダーの声は大きくなり、その日の伝達事項を全員に確認するようになった。

私の作業場所よりも、2工程前に移動したKさんは、3日ほどして時給1100円の夜勤に替わっていった。契約時に、1週間ほどで21時~4時45分までの夜勤に替わることを条件提示されていたためだ。その後、Kさんとは、私が出社するのと入れ違いに帰宅する時、数回顔を合わせただけだった。

2週間後に腱鞘炎の症状

ほどなくして私には、新たに3種類の部品を止める作業が加わった。ネジの数は、製氷用給水タンク架台の3カ所と庫内灯の笠4カ所、それと左右対称ドアを受け止める部品2カ所の計9カ所だ。ここから2週間後に腱鞘炎の症状が現れることになる。

給水タンク架台と庫内灯笠のネジは同じ種類で、ドア受け用は一回り大きい。これらの部品を本体にネジ止めしていく。これを一日中繰り返し行う。今まで二人で行っていた仕事を一人で担当するようになったため、単純にいうと倍の仕事量だ。

それまでは、数秒間の待機時間を持てる余裕があったが、まったくなくなった。ラインスピードは、日産650台ペースの場合、毎秒約3センチのスピードで流れる。冷蔵庫本体が、目の前の1メートルを約30秒で右から左に流れていく。一台終了すると立ち位置の後に運ばれてくる部品を手に取り、次ぎの本体に取りかかる。

部品の供給は、余分な在庫を持たないジャストインタイム方式。ライン稼働中にトラックが部品を下ろしていく。ラインに沿って立つ作業者の後に、冷蔵庫に取り付けるための部品が並ぶ。大半がプラスチック系のため、段ボール箱や軽いプラスチック製のコンテナを使用していた。
トラックから降ろして蓋を開け、そのまま台車に乗せてそれぞれの作業場所に送る列に加えられる。

足の痺れも

前の作業員が終わると、私は間髪を入れずに本体に身体を突っ込む。私の作業担当は、冷蔵室部分の底部奥と天井に取り付ける部品のため上半身を庫内に入れ、手に持った部品を取り付けてネジ止めする。これを、1日に650回繰り返すのだ。

冷蔵室内に身体を入れる時、片方の足で身体を支えるため、2~3週間すると右足が痺れた状態になってくる。仕事を辞めた1ヵ月後に、足の親指の爪の内側から内出血した後が現れ始めた。痺れは、辞めた一年後まで残った。

慣れると、スピードが上がって余裕が出てくるため、待ちの時間が出てくる。すると、リーダーから新たな作業が加えられる。余裕のある作業者が、いないよう調整するのがリーダーの役目だ。全作業者が、一心不乱に冷蔵庫に向かって作業している状態を作り出すのが彼らの仕事だ。

「余裕」は否定

当初私は、ベルト付の2種類のネジを入れることができるケースを腰から下げ、1本ずつ取り出してドライバーで締め付けていた。すると、リーダーから一度に取り付けるネジの数、7本を目安に取り出すようよう指導された。
「それはそうだ」と納得しながらしばらく取り組む。徐々にスピードが上がってくると、次にドライバーの持ち方に関する指導が行われた。

給水用架台を取り付けるネジを、私は、ドライバーを逆手に持って取り付けていた。その場合、天井に取り付ける庫内灯の笠をネジ止めする時、ドライバーを持ちかえる必要があった。その時間がロスとなるので、最初から順手で持って、すべてのネジを止めるよう指導された。

確かにその方が効率的だった。作業スピードは、格段に上がった。慣れてきて余裕が出始めると、庫内灯のカバーを手にとって 、最後に嵌めるよう要求された。それでも前後の作業者の流れを妨げることなく順調に作業をこなした。ライン生産では、余裕を否定する。生産工程で余った時間は、他の工程に割り当てられる。コンマ数秒を短縮して、生産効率を高めることが求められる。

流れてくる商品を、いかに正確に早く仕上げるかだけが、ここでの重要事項だ。作業員が生身の身体であることは考慮されない。
ネジ止め作業の中で、ドア受けの2カ所を止める作業が最も力を要する部分だ。従前担当していたKさんは、私より二回り大きいドライバーを使用しネジ止めしていた。

大きめのドライバーは重量も重いため、手首の返しを頻繁に行う私の作業には適さない。それに、ドア受け部品は、単に強めのトルクで回すだけではうまく収まらない。雌穴を正確に捉え垂直に差し込まないと横ズレしてしまうのだ。リーダーが手本を示したのは、小型ドライバーでネジを正確に止める方法だった。

その際、小型ドライバーで強く押し込む必要があった。方法としては、小型ドライバー全体を強く握りしめて押し込むか、手の平にドライバーの柄の後端を押し当てて押しつける方法だ。どちらにしてもかなりの力業だった。長時間にわたって作業していると握力が落ちてくるため、どうしても手のひらを使って押し込む方法を採ることになる。

そうすると、小型とはいえ、エアードライバーの振動を手のひらの特定部分だけ強く受けることになる。それが、中指の付け根から約5センチ下だった。ちょうど中指の腱が通っているところで、そこを集中的に刺激した結果、1週間を過ぎた頃から痛みが常態化し、2週間目にはバネ指の症状が現れた。

耐えられないほどの痛みでもなかったため、そのままにしておいたが、初めての経験だったので回復するだろうかという不安はあった。原因が分かっていたため、仕事を辞めれば治るだろうぐらいの感覚でいた。

毎朝、目覚めると、まず初めに軽く握った状態になっている右手に視線を送る。外観上は何の変化もない。意識から外れていた右手に神経を集中させて、恐々と力を入れる。中指を伸ばそうとして動かすと、軽い痛みが走る。
約120度でひっかかる。そこを堪えて伸ばすと、弾かれたように動く。しかし何故か、ドライバーを握って作業している日中は、バネ指の症状が出ることは少なかった。

私の前隣で部品取り付けと配線を担当していた30代の女性は、東芝で働き始めて半年。九州出身で、コラボレートと契約していた。ライン作業に従事するようになって、足の痺れ、肩の痛み、腰痛、関節痛など体調不良に悩まされ、頻繁に病院に通ったそうだ。病院で診てもらうことはしなかった私のバネ指の症状は、離職後、3カ月続いた。

2度目の解雇通知 

6月30日(金)の朝礼でリーダーが「来週(7月)から日産500台態勢になる予定」と話した。午前の作業中にシースタイルの社員から「終業後に集会所に集まるように」と声をかけられた。

同じく、クリスタルからシースタイルに登録を切り替えた、30代男性のHさんも声をかけられたらしい。そのほかには、19歳と20歳の姉妹2人とコラボレート所属の30代の女性一人。私のいたラインからは計5人だった。

どうやら、シースタイルと雇用契約を交わしている派遣社員に加え、コラボレートの、勤務評価が低いと目される派遣社員だけが呼ばれたようだ。定時で終わった後、シースタイル所属の派遣が指定された場所に行くと、約40人がすでにいた。話の内容は、解雇通知だった。6月21日にシースタイルと契約した私は、そこから8日間働いた6月30日に解雇通知を受けた。

300人をリストラ

解雇理由は、冷蔵庫の販売不振のためだった。シースタイルの社員の説明によると、東芝は、大量の在庫を抱えていて、販売計画の大幅な下方修正が必要だとのことらしい。現在、主に派遣作業員800人体制で生産しているが、今後は500人体制にするという。

今回の解雇通知は第一段階で、今後、段階的に300人をリストラすると説明した。当初から7月末で辞める予定だった私は、それほど深刻に受け止めることはなかったが、他の多くの工員が動揺した。

月曜日、終業後に事務所に立ち寄るようにと、休憩時間中に声をかけられた。事務所では雇用契約書(労働条件通知書兼就業条件明示書)を渡され、サイン、捺印のうえ翌日、持参するよう求められた。

シースタイルと契約する時と同じ内容の雇用契約書だが、期間の定めについては「平成18年7月1日~同7月31日」。更新または期間延長の可能性(あり ・なし)の部分は「なし」が、マルで囲まれていた。

派遣労働者を解雇する場合は、少なくとも30日前の予告が義務付けられていることから、6月30日の通知は規定を充たしていることになる。これによって、リストラ第一段として40人強が7月31日付けで解雇されることになる。

翌日、捺印した労働条件通知書を提出すると、シースタイルが請け負っている半導体工場での就業を打診されたが、私は断った。すると、解雇までの期間中、新しい仕事を探す目的で欠勤する場合、事前連絡があれば対応するとの申し出を受けた。

 我々、同様、解雇通知を受けたコラボレート所属の女性については、遅刻や欠勤が多いなどの理由をライン仲間が挙げていた。解雇通知を受けた翌々日に就職活動を始めた彼女は、数日後には新しい仕事先を見つけ転職していった。
 
私と同様、2度目の解雇通知を受けたHさんは、現在担当している部分の作業をこなせる人材が他に見当たらないことから、コラボレートと契約した上で東芝での仕事を継続するようリーダーに誘われていた。当初迷っていたH氏は、「しんどい」と言いながらも身体が慣れたので、東芝での仕事を続けることを選択した。

副リーダーは、「8月の夏期休暇が9日間あるものの、9月からは新型機種の生産が始まり、忙しくなる」と話していた。
 7月末まで勤めた私は、これからの仕事の不安もあったが解放された気持ちの方が大きかった。

そうした中、コラボレート自体が東芝とのライン請負契約を破棄されるとのうわさを聞いた。今後、生産の主力を中国に移すとの話もあった。最終日にリーダーに挨拶した際、「僕らも、どうなるか分かりませんよ」と不安げな表情をみせていた。


コラボレートの親会社「クリスタル」は2006年11月、人材派遣会社大手グッドウィルグループ(東京都港区)によって買収された。中核となるコラボレートが「偽装請負」を繰り返していたとして、大阪労働局から昨年10月業務停止命令を受け、グループ全体の業務に多大な影響が出たことが要因とされる。


「請負」の構図
 
東芝家電における、「クリスタルグループ(当時)」それぞれの役割を、明確にみることができる。コラボレートがラインを請け負い、クリスタルグループのシースタイルとクリスタルが、補充的に人員を確保する構図だ。

賃金にも差がみられる。コラボレートは、時給1000円プラス交通費1カ月1万円(月20日出勤で計算すると1日当たり500円の交通費)。シースタイルは、時給1000円プラス交通費同5000円(同250円)。クリスタルは時給900円、交通費1日500円。

クリスタルとコラボレートを比べるとかなりの差があり、一日当たりの手取り額で1000円以上の開きがある。手元にあるクリスタルサービスの給与明細をみると次の通りだ。900円×7.5時間-データ装備費200円(データ装備費=明確な表現は忘れてしまったが、会社内で個人データを維持するための費用だと説明された。2007年8月時点で返還された)=6550円。

そこから所得税270円引かれ、交通費500円が+された6780円が一日の支給額だ。顧客名の欄には、コラボレートと記載されていた。

社会保険の加入は、3カ月以上の長期就業者だけが対象だ。スポット就業の場合、社会保険の加入は認められない。雇用保険については、短期でも加入が可能だ。シースタイルで、「(掛けますか)どうしますか」と問われた私は、不要の旨を告げると「そうですね。負担金がありますからね」との答えが返ってきた。

従事する仕事に、3社間で差はない。同一ラインの中で同じ仕事量をこなす。私の印象では、むしろクリスタルサービス所属の派遣により過酷な仕事が回っていたようだ。

コラボレートが請け負ったライン生産を、維持する目的で人員が補充されるため、後から加わるクリスタル所属の派遣に比較的長続きしない「しんどい作業」が回ってくるのは当然ともいえよう。主流から外れるほど「割の合わない」のはどの世界も同じだろう。

ライン生産はどの作業も過酷だ。しかし、登録会社の違いなど、置かれた状況によって、より過酷な作業を強いられることになるのも事実だ。

また、現場の空気は、新入りにとって非常に重いものだった。私と同時期にラインに加わった男4人(クリスタル3人、コラボレート1人)が、みんな同じ思いを持った。「おはようと言っても返事もしない」と4人が口を揃えて言った。

数ヶ月先輩の彼らは20~30代が中心の、あまり社交的ではない職人気質が大半のようだった。作業員が頻繁に入れ替わる職場環境下で、必要以上に他人に気を遣うことはないともいえよう。むしろ、後から加わった我々の方が異質な存在であったかもしれない。

ライン全体の流れを維持するため、とくに前後の作業員同士は登録会社の相違に関わらず、ごく自然に協力し合っていたことから、人間関係についての議論は、短期就労者が主流となる生産現場では見当違いなことかもしれない。


働きやすい環境の実現を

私が派遣社員として、冷蔵庫のライン生産に従事した東芝家電製造の大阪工場は、2007年3月30日、大阪労働局が労働者派遣法に違反した「偽装請負」にあたると認定、是正指導を行った。加えて同工場での冷蔵庫生産は、競争力強化を目指し2007年9月末付で中国に移管され、その後2008年3月末に閉鎖された。

大型工場でのライン生産は過酷だ。過去のライン生産現場を体験したわけではないが、人海戦術で、よってたかってモノを組み立てる構図は、過去と大差ないように思える。

大量消費を前提とした大型工場での大量生産方式は、人が働く環境としては過酷だ。身体へ負担となる工程を見直し、働きやすい環境を求めることについてもっと議論が行われ、それが具体化されるべきだと心底感じる。

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Author:カラタケ
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