カラタケ日記

派遣社員から契約社員になって7年経過。思いついたことを書いてます。

送迎再開

透析患者さんを送迎する送迎車両に乗るには、患者さんが自力もしくは介助者によって乗降可能な状態にあることが条件となる。自力歩行困難な方は、自宅近辺から乗る際、家族またはヘルパーの手助けがあればオーケーということになる。

我々、運転手はヘルパーの資格を有していないため(ヘルパー資格保持者もいる)患者さんの身体に直接触れることができない。病院サイドも中途半端な介助は患者さんの身体に負担がかかるとして、認めていない。なので、乗降の際の我々の仕事としてはドアの開閉と患者さんの見守りだ。

そうは言っても、足元のおぼつかない患者さんもいるなかでは、よろけた際に反射的に手がでてしまう。それで、シャントの方の腕をつかんでしまい、ハッとすることがある。かと言って、目の前で倒れそうな人を見過ごすのもどうかと思うので、気を使うところだ。


半年ほど前に送迎車に乗れなくなった男性患者さんが来週から復帰することになった。85歳くらいだったと思う。当初もステッキを突いて送迎車のステップを、手すりにつかまりながら介助を受けて懸命に乗り込んでいた。

送迎再開するに当たり乗降テストなるものがある。がんばってそれをクリアした。以前より、体調が良いみたいだ。送迎再開は今年になって2人目だ。個人で介護タクシーを利用すると経済的負担も大きい。だが病院手配の送迎車の場合は無料だ。なので現実問題として家族への気遣いも働くんだと察する。

「子供たちや若い人たちに迷惑をかけたくない」と年配者がよく口にするのを聞く。長く生きることは、家族や社会への負担となるのだろうか。がんばって働いてきたのに。


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こなきじじい

いつもニコニコしている80歳の男性患者さんE。小柄で少し前かがみに歩く。目とまゆ毛がやや垂れ気味なので、妖怪のこなきじじいに似ている。

誰に対しても笑顔を絶やさず話すが、パーキンソン病を患っているせいか機敏な動作がとれない。したがって声も小さい。話しかけると見識の高いEさんは一生懸命に答えてくれるが、話の半分が聞き取れない。それでも懸命に話してくれるので残りの半分で、話の内容を推察しながら私も答える。

だが話題が途切れると、一瞬のうちに薬の効果で寝てしまう。寝てしまうと、血圧が下がるらしく病院到着時に体調がすぐれない状態になる。なので、起きたまま透析室に行ってもらえるよう運転手全員が話しかけることを心がけるが、到着時にはほぼ寝ている。

そんなことを繰り替えしていたが、ある時、運転手のAが送迎の順番を入れ替えてEさんの乗車時間を最短にすることを提案して実行したら、毎回起きた状態で透析室にたどり着けるようになった。

Eさんにとって、とても良かったし我々運転手も心から喜んだ。でも実のところ私は、送迎車の中でのEさんとの会話の時間がとても好きで心地よかった。

Eさんの人柄に触れながら聞く話半分の世界が何だかホンワカしていて、かつ想像力を膨らませてくれて楽しかった。送迎順番が変更されてEさんとの会話の時間が無くなったのは少し残念だけど、Eさんにとっては良かったのではないかと思う。

いつまでもお元気でいてください、こなきじじい。


墓じまい

「知り合いの奥さんがご主人の家の墓に一緒に入りたくないと言って、自分は実家の墓に入るように決めてるらしいわよ」。そう話すのは独身女性の60代の透析患者さん。

さらに「もう一人の奥さんはやっぱりご主人の代々の墓に入りたくないから、自分用の墓を買ったんだって」と別口の例も披露していた。

運転しながら聞いていた私は内心ギクッ!とした。そ、そういえば、私の連れ合いもそんなこと言ってたな。「私は散骨がいいな」って。それに対して私は、今のところ明確な反応を示していない。

私の両親はすでに他界していて、我が家の墓は出身地の九州にある。今年になって数年ぶりに墓参りに行ってきたが、この先どうにかしないといけない。墓をこちらに持ってくるかさもなくば墓じまいか。

いずれにせよ先立つものが必要になる。今の状態だと難しい。まだ子供たちとも話し合ったことはない。

悩ましい問題だ。


大丈夫Ⅱ

透析を終えてエレベーターで待合室に降りてきた80歳のBさん。1階に着いたエレベータから付き添っていた助手さんと降りようとしていたが足元がふらついて前に進めない。

もたもたしているうちにエレベータのドアが閉まり、階上からのリクエストでそのまま2階へ上がっていってしまった。その後、すぐ降りてきてやっと待合室に歩みだすことができたものの、一人で立って歩くことはできず、助手さんに支えられての移動となった。

そのままの状態で送迎車に乗せるのは不安なため、一緒にいた運転手の責任者が助手さんに、血圧測定を依頼した。助手さんがBさんに問いかけるとかすれた声で「大丈夫」と返ってくる。

ふらふらのBさんを一旦椅子に座らせた助手さんは、血圧測定を頼むべく看護師さんのいる2階へと階段を駆け上がっていった。

素早く降りてきて測った看護師さんが「93あるから大丈夫だと思います」と言う。

(え!93って何。どういう93?上が93、下が93。それってどっちも良くないんじゃないの。オレは下が80で上が140だけど。ちょっと血圧高いけどさ。93の何が大丈夫なの)と思いながらも「車で送っていっても大丈夫ですかね」と冷静に問いかける私。

「大丈夫だと思います」を繰り返す看護師さん。

(まじかよーほんとに大丈夫…)の視線を隣にいた助手さんに送る私。それに答えるかのようにうなずく助手さん。

Bさんの両サイドに座り、まだ出発しないのかという視線をよこすCさんとDさん。

「車に乗れば大丈夫」と根拠のない大丈夫を繰り返すBさん。力強い大丈夫の声を上げない看護師さん&助手さん。どっちやねんと詰め寄りたいのをこらえる私。

ふと見るとすでに車の乗車場所の玄関先に歩き出しているBさん。それを追うように助手さんと看護師さんが駆け寄る。

「それじゃあ、送っていきますよ」と看護師さんの中くらいの大丈夫を信じて送ることにした私は、持ってきた車の後部ドアを開け、3人の患者さんを乗せて送迎車のドアを閉めた。すると一瞬、後部座席で心臓マッサージを必死になってやってる自分の姿が頭をよぎる。いや大丈夫、大丈夫と自信に満ちた大丈夫を自分自身に投げかけた。

途中、ルームミラーを何度も確認しながらの運転だったが、結局のところ降車場所まで無事送り届けることができた。

そして迎えに来ていたBさんの奥さんに「今日は、止血が遅れて、体調が悪いようです」と告げた後、家路につくBさん夫婦の後ろ姿をしばらく見送った。

いつか大丈夫じゃない日に当たるかもしれないなと、病院への帰路で思ったりした。心臓マッサージの講習受けた方が良いのかな。








大丈夫?

透析終了後の患者さん達、足元がふらついている方も少なくない。「大丈夫ですか」と声をかけると、みなさんが一様に「大丈夫」と答える。

見ていてぜったい大丈夫じゃないと思える人も必ず「大丈夫」と言う。それでもう一度、「大丈夫ですか」と問いかけると、また同じように「大丈夫」という声が返ってくる。

ふらつきは患者さんにとってはいつものことなのだろうが、見ている方は気が気じゃない。透析経験のない我々運転手にとってはそのふらつきがどのような感覚なのか想像がつかない。

それでも大丈夫と答える患者さんには、それ以上は声をかけないで見守ることにしている。

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